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2010年12月

ジェイクのギターピック

 今年の夏はすごく暑くて(熱いという表現のほうがぴったりな気もしますが)、早く涼しくならないかなあっと思っていましたが、いざ、実際に寒くなりますと、寒さに弱いわたしには厳しい日々が続いています。

 昨日は大阪市内でも、雪が少し降り、今日もちらちらと降ったり止んだりしています。

 さてさて、話は変わりますが、ジェイクのギターピックを手に入れました。1枚だけですが、わたしにとっては、貴重品です。

 表は普通のESPのピックです。

Pick

 裏がジェイクのサインですだ!

Pick1

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BURRN! 1992年8月号 ESPの広告画像

 BURRN!の1992年8月号を見いていると、雑誌の後半部分に、ESPのスクール広告が掲載されていました。

Burrn_1992_8

 ESPの広告はよく、掲載されているよなあ、と思いながらそのページを見ていると、なんとジェイクが広告に出演しているじゃないですか!!

Burrn_1992_8_esp

 というわけで、さっそく、画像を掲載します。

 この号には、「有名人の無名時代」という特集が組まれているのですが、その特集の中で、「有名バンドに入ってスターになろう」という大項目があります。そこに少しだけ、ジェイクのことが書いてありました。

 少し、引用しますと「・・・オジー・オズボーンのバンドに入って一躍スターになったジェイク・E・リーがRATTやROUGH CUTT」にいたことは比較的よく知られているが、彼はDIOにも一週間くらい在籍(というのだろうか)していた。もっとも、「使えなかった」(ロニー談)らしいが、これはいわゆる”性格の不一致”だろう。オジーといえば。ランディー・ローズを失った後、ジェイクが加入するまで、様々なギタリストが出入りしていた。’82年3月にランディが死亡した直後、パット・トラヴァースが急遽代役を務め、さらにバーニー・トーメ(ex.GILLAN)を加入させたものの、すぐにクビ。オジーはイギリスからジョン・サイクス(ex.TYGERS OF PAN TANG)を呼び寄せたが、サイクシーがアメリカについた時には、ブラッド・ギルス(ex.RUBICON)がギタリストに決定していた。だがギルスはすでにNIGHT RANGERをスタートさせる態勢にあり、デビュー・アルバム「DAWN PATROL」の準備があったせいか、ヨーロッパ・ツアーには参加せず、あのジョージ・リンチがDOKKENのメンバーでありながら、オジーのツアーに参加した。その間、DOKKENにはウォーレン・デ・マルティーニがいたという。その愛大にウォーレンはジョージのソロを自分のスタイルにしてしまったわけだ。当時のウォーレンは、DIOに入るためにRATTを脱退したジェイク・E・リーの後任としてRATTにいたのだが、DOKKENとかけもちしていたのである。もっとも、ジョージは「髪が短くてしっくりこなかった」(オジー談)のためDOKKENに戻され、結局DIOがだめでROUGH CUTTにいたジェイクがジョージ(というよりブラッド・ギルスの…?)後任に正式に決定した・・・」

 ここまで読むと、ロックバンドも結局は人間関係が大きいのかなっと思います。

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BURRN! 1992年9月号 BADLANDS 女性ボーカルの件 パート2

 1992年9月号のBURRN!をつらつらと眺めていたら、85ページのSPOTLIGHT KIDSのコーナーにジェイクの記事を発見しました!

Burrn19929

 もともと、この号は中古で楽器屋さんで購入したのですが、目次にジェイクの記事がないので、あまり期待しないで中身を見てました。(105円で購入したというせいもあるのですが・・・)そしたら、ほんの少しですが、ジェイクの記事があるじゃありませんか。

Burrn19929topic

 この記事を発見して、さっそく、再びというか三度、このデビー・ホリディさんを探すも見つからず。多分、これからも見つからない予感。いつもコメントをくださっているジェイクに詳しい方も、かなり彼女の情報を探されたようですが、見つからなかったとコメントに書かれてますし。

 う~ん。

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Jake の娘さんのツイッター JADESSONG

 ジェイクのバンド、BADLABDSの女性ボーカルの情報を検索していましたら、全然違う情報を見つけました。

 その女性ボーカルの情報は、以前にも書いたように、ほとんど見つからないに等しいのですが、まったく偶然にジェイクの娘さんのツイッターを発見しました。

 http://twitter.com/JADESSONG

 最近の書き込みは全然ないのですが、娘さんを抱いたジェイクの画像が、小さく一枚掲載されています。

 しかし、正直言って、中身は読まなきゃよかったかなっと思いました。2件だったと思うのですが、シャロン(オジーの奥さん:まあ、このブログを読まれる方ならお分かりだと思いますが)宛のメッセージがありました。

 う~ん、どういう心境でこのメッセージを書いたのかと思いました。複雑ですね。「私を憶えていますか? JAKE E.LEEの娘です…」

 それにツイッターのタイトルが「JADESSONG」というのも、少し、驚きました。主は、JADE WILLIAMSとなっていますが・・・。ツイッター数自体は少ないです。ですから、すぐに読み終わると思います。

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HARD ROCKS Vol.10 Jake ジェイクの記事が少しと写真

 ビバ・ロック臨時増刊号のHARD ROCKS Vol.10号にOZZYの特集記事がありました。

Hardrockvol10

 その中で、ジェイクについてオジーがインタビューに答えている部分がありましたので、少し紹介します。

Hardrockvol10_jake

 インタビュアーはAndy Secherです。

―「The Ultimate Sin」と「Bark At The Moon」との違いは?

 オジー「前作よりもグーッと簡単に出来上がったヨ。ジェイクとロン・ネヴィソンの大協力を得て、オレ自身がやったのは詩を少し書いて歌うだけだったのサ。単純なものサ。でも、良いか悪いか最後に決定するのはファンみんなだから、時間を少し置いて彼らの反応を見ることにしようと思ってるんだ」

Hardrockvol10_jake2

―ジェイクの役割が大きかったのはこれでわかったけど、それでも彼がバンドを離れるというウワサがイヤでも耳に入ってくるでしょう?その辺のところはどうなの?

 オジー「オレの知るところではそんなことはないゼ。ジェイクはオレになくてはならない強力なパートナーなんだ。彼はすさまじい才能の持ち主だけど、それだけの評価を得てないと思うんだ。ランディー・ローズの影が強すぎるからなのか良くわからないけど、彼のことももっと見てほしいナ。もしいつの日にか彼がソロになりたいと言い出したらもちろん応援するゼ! 彼はオレの所有物じゃないし、そうしたいとも思わんからナ……。でも、現時点では彼はこのバンドに満足してるだろうし、もちろんオレもサ。おかしな話だが、例のライブ・エイドの時、オレはずーっとサバスのトニー・アイオミを見てて”あーこれならジェイクのほうが上ではないかいナ……”って考え続けてたんだ。-彼凄腕のギタリストなんだけどネ。」

 つい、このままジェイクがもう少し、オジーバンドにいたらどうなったのかなっと思ったりします。

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BURRN! 1986年5月号 ジェイク JAKE 今回も記事なし 写真だけ

 1986年5月号のBURRN!です。表紙は恐れ多くも「GENE SIMMONS」御大です。話は少し変りますが、ルトガー・ハウアー主演の「ウォンテッド」を持っています。ジーン御大はテロリストの役で、主役の敵役として出演しています。(このテロリスト役、めちゃくちゃ似合っています!)

Burrn_1986_5

 ところで、BURRN!に話は戻りますが、今回もジェイク関連の記事はなく、画像1枚だけです。

Burrn_1986_5_jake

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BURRN! 1986年3月号 Jakeの写真だけ、記事なし

 1986年3月号のBURRN!です。

Burrn_1986_3_cover

 OZZYの記事はあるのですが、ジェイクの記事はなくて、写真ページが1ページだけです。まあ、今までにも、何回か見た画像ですが・・・。

Burrn_1986_3_jake

 あとは「罪と罰」のアルバムレヴューだけでした。残念。

Burrn_1986_3_ultimate

 でも、このレヴューコーナーは最近の私には鬼門で、ここで良さ気なレヴィゅーを発見してしまうと、ついついほしくなります。ほしくなったものを片っぱしから買っていくと、とんでもないことになるので、最近はTSUTAYAの戎橋店で、もっぱらレンタルしています。ここはハードロックのコーナーが結構充実しているのです。

 と、いうわけで、多分、明日か明後日に、またTSUTAYAに行っていると思います。わはは。

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