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2011年3月

ROCKER 40歳からのロック☆デビュー

 久ぶりにロック関係の大笑いできる映画を観ました。

 ROCKER 40歳からのロック☆デビューというタイトルで、大まかなあらすじは、大手レコード会社とのメジャー契約と引き換えに、ロックバンド「ヴェスヴィオス」から一人追い出された哀れなドラマー、フィッシュ。それから20年後・・・・・・、今や超ビッグなバンドになった「ヴェスヴィオス」とは真逆に、仕事をクビになりニート同然で姉の家(屋根裏部屋)に居候する、負け犬人生まっしぐらのフィッシュだったが、ひょんなことから高校生の甥、マットの参加するバンド「A.D.D.」の新メンバーに加入!! 果たしてフィッシュは、かつてつかみ損ねたロックスターの栄光を手にすることができるのか!?、というものです。

Rocker1

 映画の最後のほうでは、「ヴェスヴィオス」の前座をつとめることになり、そこで、思わぬ出来事が・・・!!ということなのです。

Rocker2

 正直、映画「アンヴィル」よりも曲も構成もよかったです。確かに「アンヴィル」はドキュメンタリーで、この「ROCKER」はフィクション映画なのですが、演奏している曲ははるかにROCKERのほうがよいように感じました。

 大笑いしたいときは、お勧めです。

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BURRN!2010年7月号 ジェイク関連について パート2

 さて、前回の記事の紹介の続きです。ウォーレンに続いて、ジョージ・リンチの記事を紹介したいと思います。

George

 インタビュアー「あなたはOZZY OSBOURNE BANDのオーディションを2回受けましたね」

 ジョージ(以下G)「実際には3回だが、受けたよ。ギターの交替がある度に、俺は受けに行った。一番いいところまで行った時は、スコットランドとイングランドのツアーに同行して、彼らと一緒にステージにも上がったんだ。それからLAに来て、「S.I.R」でさらにリハーサルをした。だが、その時も、土壇場でダメになったんだ。当時、ROUGH CUTTのマネージャーだったウェンディ・ディオがジェイク・E・リーを連れてきてね。

 俺が採用されなかった理由は……オジー(オズボーン)とシャロンは俺のプレイには感動してたんだが、問題は、まだ俺が昼間の仕事をしていたことと関係している。俺は車で酒を配達する仕事をしていて、子供が2人いて、アパートに住んでいて、仕事のために髪を切っていた。オジーもシャロンも、それをかなり問題視していたよ。俺のルックスにロックン・ロール度が足りないと言ってね。髪の問題がなかったら、俺はあの仕事を手に入れていたと思うんだ。真剣な話だよ。だが、皮肉なことに、オジーが俺の髪を切った理由を尋ねた時、彼の頭には毛がなかったんだよ! 彼は髪を全部切ってしまっていたんだ! まあ、彼はオジーだから、やりたいことは何でもやれるわけだが。俺があの仕事に採用されなかったのは、短い髪が理由だったと、俺は本気で思ってる。馬鹿馬鹿しい話さ。」

 インタビュアー「1983年の「BARK AT THE MOON」の直前のことですよね?

 G「そうさ、俺はDOKKENに休暇届けを出して、それをやっていて、俺が戻っ」てくるかどうか、誰にもわからなかったから、DOKKENには俺の代理としてウォーレン・デ・マルティーニを入れていたんだ。そして俺が戻った時、俺は実はRATTに入ることになったんだが、しばらくしてから馬鹿馬鹿しく思えてきて、ウォーレンと俺とで話をして、そして、2人もと、元いたバンドに戻るほうがいいだろうということになったんだ。」

 まだまだ、ジョージのインタビュー記事はありますが、次にスティーヴン・パーシーのインタビュー記事を紹介します。

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Stephen

インタビュアー「以前、あなたはRATTをへヴィ・メタルと考えていないと言っていましたよね」

スティーヴン(以下S)「いや、それはだいぶ後の話で、ジェイク・E・リーとマット・ソアがいた頃の俺たちは完全にメタルだったよ。俺がギターをやめて歌に専念するようになった頃、ロビンが最初に入ってきた頃の俺たちは、完全にメタルだった。当時の俺たちは、1982年に活躍していたJUDAS PRIESTやIRON  MAIDENやSAXONのようなサウンドで、皮と鋲に身を包み、彼らと競っていたよ。」

インタビュアー「ジェイク・E・リーがバンドに残っていたら、どうなっていたと思いますか?」

S「ジェイク・Eはウォーレンほど速弾きをするタイプじゃなかった。ウォーレンはジェイクのプレイから色々とアイデアを拝借していたんだ。「IN YOUR DIRECTION」収録の"Sweet Cheater"と"U Got It"のソロを聴けば、ウォーレンが弾いていたのはジェイクのソロだって判る。ウォーレンは速く弾くことばかりに焦点を置いていて、あまりフィーリングを込めていなかったが、ジェイクは早い段階から独自のスタイルを確立していた。ネックをベンドしてワーミー・バーを使わないあのスタイルはクレイジーだったよ。ジェイクは覚えていないけど、彼と2人で共作した曲が1曲あるんだ。彼は覚えていなくてもジェイクはRATTのアルバムで演奏している。この前マットと話した時、俺の記憶は正しいと彼も言っていた。

「OUT OF THE CELLAR」の"In Your Direction"でジェイクはソロを弾いているんだ。ジェイクがバンドにいたらどんなサウンドになっていたかって? 共作した1曲から想像するとっもっとヘヴィなサウンドになっていたんだじゃないかな。「IN YOUR DERECTION」で実際に俺たちがどんなサウンドを奏でていたか聴いてもらえるよ。RATTとして音を確立させるには、もっとソリッドな音が必要だと思っていた。ジェイクが残っていたら、こんなにシンプルじゃなくて、もっとブルーズ色が強くなっていた気がする。」

インタビュアー「でもウォーレンの方がジェイクよりブルーズ色が強いプレイヤーでは?」

S「いや。当時のウォーレンはスピード狂だったよ。ギターを覚えたてで、他の速弾き連中に負けたくないって気持ちが大きかったんだ。確かに凄い速弾きが出来た。プレイが落ち着いてきたのは、何年も先のことなんだ。」

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 スティーヴン・パーシーのインタビュー記事はあまり読んだことがなかったので、実に興味深かったです。しかし、ジョージはヤングギターのインタビューでも髪について言っていますが、髪が短くて選ばれなかった何度も言っていることに、すごい執着というか、固執というか、そういうものを感じます。選択基準は髪だけではないと思うのですが・・・・・・。

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BURRN!2010年7月号 LAメタルの真実 ジェイク・E・リー パート1

 BURRN!2010年7月号では、Warren DeMartiniをはじめとして、複数のギタリストなどにインタビューが行われ、「LAメタルの真実」という特集が組まれています。

Burrn_2010_7

 そこで、本人からの直接のインタビューはないのですが、何人かが、ジェイクについて、言及しているので、それを紹介します。

 まずは、長文になるのですが、Warren DeMartiniのインタビューからジェイクネタを中心に抜粋します。彼以外にも2名がジェイクについて話しているのですが、それはパート2として、次回、紹介したいと思います。

La

インタビュアー「ところで、あたなにRATTに入るように勧めたのはジェイク・E・リーだったそうですね? 2人ともサンディエゴ出身で、ルームメイトだったと聞いた気がします。」

ウォーレン(以下Wとする)「いや、、ルームメイトではなかったんだ。RATTでプレイしていたジェイクが別のバンドに移ることになったんで、短期間だけ同居人になったけどね。つまり、彼はRATTへの好意として、良い脱退の仕方にしたかったから、土曜日に脱退を決めて、翌週の金曜日には次のショウを控えていたから、RATTは6日間で新しいギター・プレイヤーを迎えてステージに出なくてはいけなかった。実を言うと、その時はRATTのメンバーがスティーヴン(パーシー)を追い出そうとしていたんだけど、RATTという名前はスティーブンが持っていたから、スティーブン以外のメンバーが全員辞めて、別のバンドを結成したんだ。」

インタビュアー「それがROUGH CUTTというバンドですね。」

W「そのとおり。」

インタビュアー「ジェイクは、ROUGH CUTTの後、OZZY OSBOURNE BANDに入り、それと同じ時期にRATTもビッグになったんでしたね。」

W「うん。短い間だったけど、同じ部屋にいさせてくれたのはジェイクの好意だったし、今思うと、あれはとてもクールな時期だったよ。あの時は2人とも本当に遅くまで起きていて、床に座ってカウチにもたれながら、「THE ANDY GRIFFITH SHOW」の再放送をテレビで観ていたりした。そして僕は"Round And Round"のコードになるものを少しずつ弾いて、彼は"Bark At The Moon"になるコードを考えていたよ。その時は、それが自分たちをどこへ連れていくかなんて、全く知らないままにね。あの時点では、あれを聴いたのは僕たち2人だけだった。確実に成長し始めていたけど、どこまで行くのかはまるで全く判らなかった。ただ、「おい、今のクールだな、どうやったんだ?」「それ、凄いな」なんて言いあって、互いを応援していたんだ。僕たちはまだ何者でもなかったけど、同時に、大きな動きが始まりかけた時期でもあったな。その時は自分たちでは気付いていなかったけどね。

 ランディ(ローズ)が亡くなったと僕に知らせたのもジェイクだったよ。彼に起こされたんだ。僕たちは、寝室が3つの小さな家に住んでいて、当時、部屋はどれも使われていたから、僕はカウチで寝ていた。突然ジェイクが僕を起こして、「ランディ・ローズが亡くなったと思う」と言ったのを、憶えているよ。僕は、「冗談だろ?」って感じだったよ。エイプリル・フールか何かだろう?って。でもラジオをつけてみたら、ランディが本当に亡くなったことが確かになった。

インタビュアー「1982年でしたね」

W「1982年の初めだ。僕がLAに引っ越してきたのが12月の終わりか、1月だったと思う。寒かったのを覚えている。皮肉なことに、ランディに起こったことを僕に教えてくれたのはジェイクだった。そして、その後、電話が鳴り始めて、とてもよく覚えているんだけど、サウスベイに住んでいた別のギタリストから電話を終えて受話器を置いた時、ジェイクがこう言ったんだ。「信じられるか? こいつは、ランディの後任のオーディションが受けられるかもしれないなんて興奮していやがるんだ!」とね。2人で憤慨したよ。どういう気持ちだったか、判るだろう? 僕たちにとってはとんでもない話でしかなかったのに、それをチャンスと思うヤツがいるなんてね。」

~中略(ウォーレンのバンドTHE PLAGUEの話)~

W「……ジェイク・E・リーは、サンディエゴでは完全に週末のヘッドライナーを務める存在だった。VAN HALENがハリウッドの「Gazzarri's」や「Whisky」でやっていたようなことを地元でやっていたよ。ジェイクのバンドのTEASERは、サンディエゴの「Straita Head Sound」を毎週末、金曜日と土曜日の夜に満杯にしていた。MICKY RATTも時々プレイしていたし、ロビン・クロスビーのバンドのPHENOMENONもプレイしたけど、ジェイクはあの地域に住んでいたから、ゆるぎない地位を獲得していたんだ。

 MICKY RATTも、地元の別の地域、ロビンと僕が住んでいた地域では、TESERと同じくらい聴衆を集めていたね。だから、2つのバンドの間には、間違いなく競争意識があったけど、誰もが友達だったし、今でも全員友達同士だよ。ジェイクとは、つい最近ラスヴェガスで会ったばかりで、一晩中、あの頃のことを語り合ったよ! 彼と何年も何年も会っていなかったなんて驚きだけど、とてもクールな再開になった。」

インタビュアー「あなたが彼に会ったと聞いてうれしいです。彼は、この15年間、完全にレーダーから消えてしまっていますから。」

W「うん、確かにそうだった。彼が戻ってきて、僕もうれしいよ。ラスヴェガスで客席にいる彼を見て、とてもクールなルックスだったんで驚いたよ。下顎にちょっと髭を生やして、ステッキを持って、途中までの丈のダーク・レザーのロング・ジャケットを着て、袖も長くて、とにかく格好良かった!そして、僕が彼を見ているのに気付いて、立っていた場所から移動した(笑)。

その後、彼の姿は見えなくなったけど、僕が彼をステージに上げようとしていることは、知っていたんだ。3曲やる度に、「ジェイク・E・リーがそこにいる。ジェイク、こっちに上がってこないか」と客席に向かって僕がアナウンスしたからね。(笑)そのショウの前にもちょっと話はしていて、EPの曲もいくるかやるから、よかったらステージに上がってジャムろうと言っておいたんだ。25年前に教えてくれた曲を、そっくりそのままプレイしているからった。彼は、「ああ、もしかしたら」と言っていたよ。だから僕は人を送り込んでまで彼を探してもらったけど、彼は逃げ回っていて、とうとうステージには上がらずじまいさ」

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次回は、GEORGE LYNCHとSTEPHEN PEARCYのインタビューを掲載します。

しかし、ジェイクがステッキ? なぜに??

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BLACK SABBATH RAY GILLEN ブラックサバス レイのCD

 とうとう手に入れました(ちょっと大袈裟!)。

Blacksabbath

 ブラックサバスのレイのCDです。詳しいことは何も書いてないのですが、1987年のデモ版のようです。ギターが言わずと知れたTony Iommiで、ヴォーカルがRay Gillenです。ベースがDave Spitzで、ドラムがEric Singerです。キーボードがGeoff Nichollsとなっていますね。

Blacksabbathray

 海賊版なのかなあ?でも、懐かしいレイのヴォーカルです。

 e-bayで結構、安く落とせました。うほほ。

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